TEBUKURO’s diary

まだ出会っていないあなたへの手紙

ある旅の物語 3

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旅人を呼び出すのはいつも深夜になってからだった。旅を終えてひと息つき、今日の旅を思い返す。
旅人もこの時間ならもう旅を終えているに違いない。そんな時間に。

ただ今日はいつもより早く旅を終え、いち早く報告をしようと、まだ明るい時間に呪文を唱えてしまった。
旅人はきっとまだ旅の途中だろう。すぐには来てくれないはずだ。
そう考えた僕は明日の準備を始めた。

気がつくといつもの時間。あわてていつもの場所に行ってみると旅人はもう来ていた。

「あなたの旅は今日も素晴らしかったようですね」
僕がそう言うと旅人は満足そうな表情を浮かべた。
「あの彼にもほめられた。彼の才能は本物だよ」
と得意げに笑っていた。
「僕も彼のことはすごいと思います。憧れています」
「彼と出逢えたことは幸せだった。君にとっても幸せなことだと思うよ」

和やかに談笑していたのだけれど、
旅人は急に真顔になり僕の目を覗き込んだ。

「ところで…」
たっぷり間をあけて、僕の心の中を探るように言った。
「今日は私のことを呼びだしてから何をしていたんだい?」
「明日の準備をしていました」
「私は旅の途中だったが、君のためにそれを放り出してあわててかけつけたんだよ」
旅人は笑顔でそう言ったけど、その目は笑っていなかった。
「すみません。あなたはすぐには来れないと思って…」
僕はあわててあやまった。
「私は毎日疲れている。にもかかわらず君のためにいろんなことをしてあげた。君の旅についてもほめてあげた。ほめるようなところが何ひとつないときでさえね。そのうえ、少しでもはやくアドバイスをしてあげようと飛んで来たのに、君は平気で私を待たせることができるんだね」
「ごめんなさい。でも…」

「言い訳はいらない!まったくバカにしすぎだ!」
旅人は急に立ち上がり
顔を真っ赤にして大声でどなった。
いつもは優しい目がみるみるつり上がる。

僕は旅人に、どうにかして怒りをおさめてもらおうと必死でいろんな言葉を投げかけてみたけれど、どれも旅人には届いていないようだった。

旅人の顔が赤から黒に変わり、
つり上がった目には赤い光が揺らめいている。
わなわな震えるその体がだんだん大きくなってきたので、僕は思わず目を閉じて頭を抱え込んだ。

どれくらいの時間がたったのだろう。
ほんの一瞬なのか、1日くらい経過してしまっているのか僕にはわからなかった。
気がついたときには、旅人は怒りのオーラを残したまま姿を消していた。

僕は放心状態でしばらく動けないでいた。
旅人があんなにも怒った理由を考えている。

僕は旅人とは対等のつもりでいた。
だけど、それは僕の勘違いだった。
旅人は遙か彼方の上空から、
僕のことを見下ろしてくれていたのだ。
僕のために…。


僕はもうあの呪文を唱えることはない。
旅人からもらった本は燃やしてしまった。
暗闇の中、赤く揺れる炎は
僕がこの旅で一番最初に見た
美しい景色だった。